がんばろう、日本!国民協議会 機関紙「日本再生」

 394号(2012年3月1日)

 

 

第69回 一灯照隅           越谷市議会議員 白川 秀嗣


3,11を契機に、市民はどのように変わり、議会はどう変わっているのか


子ども達の命を守りたい~

3,11を契機に急速に行動を始めた子育て世代

 

 3,11の大地震、大津波、福島第一原発事故からほぼ一年が過ぎました。「千年に一度」と言われた未曽有の大震災は、戦後日本の敗戦を刻印しました。それは「失われた20年」の間、先送りを続けてきた転換のための課題と解決を、強制的に私たちに迫るものでした。

 この歴史的、時代的大転換を市民と市長・行政、そして議会がどの様に受け止め、変化しているのか報告します。


 昨年6月の越谷市議会では、放射能から子供たちを守ろうとする30代の子育て世代の母親が中心となり、請願書「東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う、越谷市の子どもへの安全対策について」が提出されました。この請願書を巡り越谷市議会では大きな変化が起こりました。すでに昨年4月には市議会選挙が行われ定数32名中11名もの新人議員が選出され、会派の再編や議会勢力に変化も起きていました。(詳細は「日本再生」385号の「一灯照隅」に掲載されています)


 請願審査を担当する常任委員会では、保守系議員が中心となり「趣旨採択」を提案し、賛成多数で可決しました。趣旨採択とは議会は請願者の概ねの意図は理解するものの、執行部に対しては何の拘束力を持たない、言わば形式的なものです。

 ところが最終日の本会議場では、趣旨採択ではなく、圧倒的賛成多数で請願は逆転可決されました。委員会での結論と本会議での結論は一致するのが通例なのですが、委員会で趣旨採択に賛成した議員が退席する事態にまでなりました。何故この様な事が起こったのでしょうか。


 請願書を提出した母親たちはまず、請願提出時には市議会の全会派への提案説明を行い、出来うる限り多数派を形成するため、当初の原案も議員の意見を反映して修正、さらに紹介議員もバランスをとっていました。ところが常任委員会では、紹介議員の所属会派議員まで趣旨採択に賛成し、母親たちは落胆しました。


 しかしここから危機意識をもち、委員会採択から本会議までの1週間、個別に30代、40代の各議員への説得やお願い、ツイッターによる事実の宣伝に取り組みました。それは趣旨採択に賛成した議員の批判ではなく、子ども達を守りたいという気持ちをストレートに伝えるものでした。


 この事が効果を発揮したのか、本会議での異例の採択となったのですが、市議会請願の多数派工作という面だけでなく、その運動手法や方向は、これまでの陳情型請願とは大きく違っていたのです。


 この母親たちは3、11以後、原発事故による子どもたちへの放射能被ばくを始め、健康を守ろうと昨年5月に市民組織「5年後10年後子どもたちが健やかに育つ会・越谷」を発足させましたが、以下の様に理念を謳っています。


 2011年3月11日に東日本をおそった大震災、そしてそれに続く原発事故が私たちの意識を大きく変えました。放射能への不安から正しい情報が知りたいという多くの声が上がり、親から親へとつながり、広がり、大きな輪になっています!そこから、私たちは以下の理念の元に活動しています。


  1. 愛するこの地で、未来そのものである子どもたちを、健やかに育てていきたい。
  2. 安心して暮らせる環境と、正しい情報がほしい。
  3. 同じ地域に暮らしている人とつながり、みんなで希望ある未来をつくっていきたい。
  4. 今までの生活を見つめなおし、新しい生活スタイルを考えていきたい。
  5. 自分や誰かを責めるのではなく、愛をもって共にすすんでいきたい。

 

 この運動は越谷市に限らず周辺の自治体でも同時に起こり、各市議会への同主旨の請願書も提出、可決されました。各地区では同様の市民組織が発足し、本年1月には埼玉県全域でのネットワーク組織にまで発展しています。


 そこには、これまでの行政や市議会にお願いして、(お任せして)要望を実現するというスタイルから、まず自分たちが持ち場で行動し、連携していく。その上で不都合があれば、行政のやり方や制度を変えていこうとするものでした。 


 例えば、放射能の空間測定のため、学校敷地内で自前の測定器による作業には、校長の許可が必要となりますが、校長に丁寧に説明し、数校では実施していました。しかし一部の校長やPTAは「風評被害になる。数値が独り歩きする」という理由で認めないとう事が起きていました。


 また、風の強い日では防護のため運動場の使用制限や教室の小まめな清掃の実施など、すぐにもできることを、校長が許可しないことも多かったのですが、「自治体と対立するのではなく、参加や話し合いを通して相互に出来る事から始めて行こう」との姿勢を貫いています。


 つまり、3,11以降、子育て世代を中心に自分の子どもを守るためには、地域全体のことを考え、公正な情報を選択し、くらしのスタイルを変えていこうとする参加意識の変化が起きているという事です。

 


 

 国の指示をただ待つのか、市民の不安に真っ先に応えるのか

~自治体の責任

 

 この様な市民の動きに対して、行政の反応は鈍いもので、国や県の動向を注視しながら対応していくという旧来の姿勢でした。


 「想定外」の事故が起きているのだから、最も市民に近い自治体が、最も機敏に的確に動く事ができる権限と役割を与えられているはずです。しかしまず国や県の指示を待ち、その後この指示のもとに動き出すという日常業務の思考からは、一歩も踏み出すことができない依存体質が明らかになりました。

 しかも指示を出すべき国の対応は二転三転した挙句、決定もずるずると時間を費やすばかりでした。


 市長は一昨年の市長選挙で「安心度、埼玉ナンバー1」をマニフェストに掲げて当選しました。また昨年4月の県、市会議員選挙でも「安心、安全のまちづくり」を候補者が異口同音に主張しましたが、その真価がまさに問われていました。


 このため、市民の不安や心配は増すばかりで、担当課への市民の問い合わせが激増したものの、ここでも市民は抗議や批判という事ではなく、事態の説明や対応策の提案をできるだけ穏やかに実行しました。また、議会での一般質問、母親たちと市長、教育長との請願採択後の話し合いも続いていました。


 その結果、市でも様々な放射線対応策を取らざるを得なくなり、また周辺5市1町の自治体で「放射能対策協議会」を発足させるなどの連携も始まりました。

 しかし、除染対応を巡り基準値の設定は当初統一基準を「協議会」で策定するとしていたものの、それぞれの市単独で設定され、越谷市は“ゆるい”基準値で公共施設の除染が行われました。これも結局は、遅れに遅れた国の基準が示されてからの対応で、国の数値を準用したものでした。


 また、市や教育委員会での様々な対応策は、市政だよりやホームページで市民に公開されていますが、直接市民との間で対応策の説明会等が開催されることはありませんでした。


 昨年9月、超党派の議員と市民で構成する「第2期政経セミナー」の特別講座で講演して頂いた根本崇・野田市長は、野田市周辺がホットスポットの地域であることからも、いち早く対応策を決定し、除染や日常的防護策を実行されました。


 「国の指示を待っていたのでは、市民の不安は払しょく出来ない。自治体こそが自分の頭で考え、行動する勇気を持つべきだ」と強調されました。

 このため、基準値の設定でも市長自身で独自に調査、計算して、職員との共通の認識を持っていくというやり方を実行しています。


 この実践は、放射能対応に限らず、公契約条例(市が発注する公共事業の受注業者との契約の中に、下請けの労働者の賃金や労働環境を明文化する)制定も、全国に先駆けて条例化した実績にも表れています。


 地方分権や住民自治の推進に反対する首長や市民はいませんが、目の前の問題を解決しようとすると、まず国や県の対応次第、または周辺自治体との横並びの思考から抜け出せない現状があります。


 今問われているのは、戦後のこうした古い(非)常識である依存と分配の惰性から、自治分権の新たな常識への転換に他なりません。


 

便利で快適なくらしは、域外への市民の犠牲の上に成り立っている 

 

 今回の放射能問題はさらに、市民の生活基盤がどの様なシステムで運営されているのかも明らかにしました。


 越谷市のごみ処理は5市1町で構成する一部事務組合である、東埼玉資源環境組合(以下「組合」)で焼却処分しています。対象人口数は約88万人で、年間約10万トンを受け入れており、昭和40年から稼働している巨大施設が越谷市にあります。この焼却場で出された1日30トンもの飛灰は、秋田県大館市の施設へ搬入する事で最終処分をしていました。(飛灰 ごみを焼却した際に出る煤塵の総称)


 ところが昨年7月、この最終処分地に搬入された他市の飛灰から、基準値を超える放射性物質が検出されたことから、組合(越谷市を含む)の分も搬入停止となりました。組合では10月に対応策をとり千葉県市原市の民間施設への代替措置を決定したのですが、この施設の排水からも基準値を超える放射能物質が検出され、操業停止となってしまいました。


 この間飛灰の最終処分地が見つからないため、組合の敷地内には約3000トンものを飛灰が一時保管されていますが、すでに仮置き場のスペースも限界に達しています。


 また、道路や公園から出される剪定枝や刈り草は、組合の堆肥化施設で再利用されていたのですが、この堆肥からも昨年7月、基準値の40倍という放射能物質が検出されたため、5市1町からの搬入の停止状態が続いています。

 樹木の切り落としや草刈りなど、当初予定していた作業を抑制しながら、取り組んでいたものの、市の保管場所も満杯となり、委託業者の責任で最終処分する事態に陥っています。


 さらに越谷市の下水道処理は、埼玉県が管理する三郷市の中川水循環センター(県内15市町の下水道を処理している)で浄化され、汚泥の焼却処分をした後、センメント会社によって再利用されていました。ところがこの焼却灰からも昨年6月放射能が検出されたため、センメント会社が受け入りを中止しました。

 そのため、センター敷地内で一時保管状態が続いており、すでに約900トンの焼却灰が仮保管されています。


 この様に、3,11原発事故によって、最も身近な生活の課題―自分たちの出したごみや下水道などが一体どうなっているのかー明らかにされました。これまでの中央集権的な運営や大型施設による生活インフラの整備に頼ってきた私たちの生活が、大変危ういものであったと言うことです。最終処分地は自分たちの生活圏外にあり、最終責任は過疎地である域外に押し付けてきた事実さえも、知らなかったわけです。


 この意識と構造は、これまで原発から出された使用済核燃料廃棄物を青森県に押し付けてきた事と、本質的には同じ問題です。すでに54基もの原発は地方の過疎地に建設され、稼働しています。例外なく、これらの立地地域は主要な産業がなく、超高齢化がすすみ、若者の都市流出に歯止めがかからず、雇用の機会が少なく、自治体の自主的な税収が減少することから、住民は原発による特別交付税等による税収や、雇用の場を確保しようとしたのです。


 地方では、原発稼働による安全性問題や放射能廃棄物の最終処理という不安を抱かえる一方、都市生活者は電気等の恩恵を受け続けて来ました。

 つまり戦後の高度成長によって便利で効率的なくらしを維持しているのは、大量生産、大量消費、大量廃棄による社会運営原理であり、中央集権的、垂直的なものでした。


 すでに、この様なシステムが破たんしているにも拘わらず、ずるずると先送りを続けてきた結果、3,11によって強制的な転換を迫られたという事です。

 私と同じ地区に住んでいる超党派議員で構成する桜井地区議員の会(5人)は、議会終了後、市政報告会の開催を続けており、本年2月21日には3月市議会で提案予定の新規事業や予算案について市民への事前説明会を開催します。

 この桜井地区議員の会は、3,11原発事故の影響や市の放射能対応など、現状と事実を市民が把握するため、昨年11月に放射能被ばくからこどもたちを守るために」越谷市の放射線対策と現状を知ろうをテーマに「市民と議員の勉強会」を開催しました。


 本年2月には第2回目の勉強会「ごみ問題を考える。最終処理を巡って」-放射能の影響で見えてきた、ごみ減量―を開催しました。説明者として、越谷市の環境資源課長と東埼玉資源環境組合の資源エネルギー課長に出席して頂きました。


「組合」の担当者が直接、市民に経過や事実の報告や説明を行ったことはなく、しかも市全体ではなく桜井地区と言う一地域での説明は、初めての事でした。これは桜井地区議員の会が継続的に市政報告会を開催してきた実績と同時に、飛灰問題等深刻な事態に市民としてどう対応しなければならなのか、市民が考え始めた事が背景にありました。


 参加した市民の「ごみ減量を推進するのは当然だが、越谷市の焼却灰の最終処理は


市内で行うように設備やシステムの転換が必要ではないのか」という意見に象徴される様に、今回の事故によって地域共同体の中で問題を解決していこうという機運が広がりつつあります。

 


 

本格的に着手が迫られている地域循環型社会の形成と市民合意

 


 CO2削減を始め、地球環境問題に地域でどう取り組み、まちづくりの基本計画を描き、実現してくかは、10年間の第4次越谷市総合振興計画や前期基本計画、越谷市環境管理計画等に、中長期の計画として掲載されています。この計画が全てのまちづくりの根幹であり、言葉としても「低炭素化社会の実現」「循環型まちづくりの推進」など随所に記載されています。


しかし「放射能」の言葉は一切登場しません。地域防災計画に、核燃料の輸送時での事故対応、また国民保護に関する越谷市計画には核ミサイルによる攻撃への対処の項に僅かに記載されています。


 これから放射能問題は低線量被ばくを含む対策として、危機管理に留まらず、健康被害や予防、子育て支援、食材の安全性、医療、学校給食、公共施設維持や建設など広範囲におよび、しかも長期的、総合的取り組みが問われています。


 それぞれの市担当課が対処療法的に的確に対応したとしても、部分最適から全体最適へ、現在最適から持続可能な未来最適に転換しなければなりません。


 ところが市長、執行部は今回の3,11は「想定外」との主張を繰り返しているものの、この機会をとらえて何をどのように反省し、どの様な方向で転換してくかは全く不透明であり、旧来の計画を抜本的には変えようとしていません。


 しかしエネルギーをはじめ上下水道、ごみ、医療など循環型の地域づくりは様々な計画に、すでに部分的には策定されているのですから、これを最低の材料としながら、その実現のスピードを加速させ市民との合意形成を集中的に取り組む事は可能となっています。


 当然ですが、これを実行することは、旧来の依存と分配の惰性との決別ということになります。従ってそれは、既得権益との激しい戦いを伴う事となります。

 本年1月私の所属会派の行政調査で、松坂市の「住民協議会」「市民シンポジュームシステム」について調査して来ました。その際、山中光茂市長は「今医師会への運営費の補助金問題で大きな議論をしているが、市民に説明できない税金の支出は一切出来ない」と話して頂きました。


 3,11は戦後の右肩上がりのシステム、運営、価値観から断絶し、政策イノベーションによって、自律と分担による地域共同体再生の好機にしなければなりません。


 この基盤となる社会形成資本の蓄積と厚みが決定的な要因となるわけで、この観点からも、二元代表制の一方の市長サイドからも、また改革が迫れている議会サイドからも、市民自治への強化が求められています。


 特に政策を決定する議会への市民参加が重要であり、市内13地区の公民館区のうち、すでに3地区で居住の超党派議員による市政報告会が開催され、その議員数は10名に及びます。この実績によって、市議会全体の市政報告会開催に全議員が賛成し、具体的な実施段階にはっています。

 また桜井地区議員の会では、本年3月議会を前に平成24年度予算案や新規事業について、市民に説明や意見聴取の場として市政報告会を開催します。


 議会前の市政報告会は、民意を吸い上げたうえで、議会での審議や議決の過程に反映していくという議会本来の役割であり、この機能こそが民主主義のインフラ整備という事です。


 一方で議会への市民参加が進めば進むほど、議員力の格差が市民に見えるようになって来ました。だからこそ、単なる批判ではなく、情理を尽くして説得していく知恵が必要であり、そのためにも共同体の自治基盤そのものの底上げが何よりも必要です。


 「自治分権・オープンな協働を促進するための新しい多数派形成」に向けて、主権者運動における小さき責任と役割を果てしていきます。

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